黒川温泉の旅館・宿人気ランキングガイド!!

黒川温泉の旅館・宿人気ランキングガイド!!



   スポンサードリンク

人気旅館・宿ランキング
(月間検索回数ランキング ベスト5)
☆ ランキング1位 ☆(1095point)
人気宿ランキング・優彩(湯峡の響き 優彩)
優彩(湯峡の響き 優彩)
豊富なお湯に肩まで浸かり、ワンランク上の温泉絵巻を楽しめる人気の温泉宿です!

ランキング2位(993point) ランキング3位(844point)
人気宿ランキング・野の花(野の花の宿 阿蘇の四季) 人気宿ランキング・野の花(野の花の宿 阿蘇の四季) 野の花
(野の花の宿)
奥黒川の自然が包む静寂の宿で、ゆっくり休日を満喫することができる人気宿です。
人気宿ランキング・野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)

人気宿ランキング・山みず木
山みず木
自然を肌に感じて川沿いの露天風呂大小3ケ所でゆっくり時を忘れてくつろげる人気宿です。のんびりしたい方にオススメです!

ランキング4位(843point) ランキング5位(714point)
人気宿ランキング・黒川荘
黒川荘
ゆったりとした敷地に、年月を経た雑木と川のせせらぎが心地良い静かな人気宿です!!
人気宿ランキング・いこい旅館 人気宿ランキング・いこい旅館 いこい旅館
「居恋旅館」と呼ばれ女性から高い支持を得る多彩な美人湯と彩り豊かなお食事が人気の宿
人気宿ランキング・いこい旅館

2007年04月02日

優彩(湯峡の響き 優彩)

優彩(湯峡の響き 優彩)は、黒川温泉の人気旅館で、人気旅館・宿ランキング(月間検索回数ランキング)でNo.1の旅館です!!
優彩(湯峡の響き 優彩)は、なにもかも忘れて、非日常の世界で上質のくつろぎを満喫できます。
豊富なお湯に肩まで浸かり、木々を眺め風を感じワンランク上の温泉絵巻で楽しんでみてはいかが?


人気宿ランキング・優彩(湯峡の響き 優彩)
優彩(湯峡の響き 優彩)

優彩(湯峡の響き 優彩)は、源泉かけ流しです。
また、筑後川の源流沿いにあり、山あいの静かな風情の中で、なにもかも忘れて豊富な湯にどっぷり浸かり、心ゆくまで身を委ねられます。
どのお風呂も至福の解放感に浸れますのが特徴です!
せせらぎの音、葉擦れの音、鳥のさえずり、そして静寂に・・・。
非日常の贅沢なやすらぎから、明日への新しい力が湧いてくること間違いないです!!


人気宿ランキング・優彩(湯峡の響き 優彩)
優彩(湯峡の響き 優彩)

優彩(湯峡の響き 優彩)の空室状況の確認はこちらから!!
優彩(湯峡の響き 優彩)をもっと知りたい方はこちらから!!


<優彩(湯峡の響き 優彩)の基本データ>


<優彩(湯峡の響き 優彩)・温泉質データ>
泉質:塩化物硫酸塩泉/ナトリウム塩化物泉
効能:筋肉痛/五十肩/神経痛
備品:タオル/ハミガキセット/ドライヤー/シャンプー/リンス
    カミソリ/バスタオル/浴衣/シャワーキャップ
    石鹸(固形)/石鹸(液体)/くし
入浴時間:6:00~24:00まで

<優彩(湯峡の響き 優彩)の住所>
  熊本県阿蘇郡南小国町満願寺北黒川6554-1
<優彩(湯峡の響き 優彩)の連絡先>
  0967-44-0111
<優彩(湯峡の響き 優彩)への交通>
  JR豊肥線 阿蘇駅より別府行バスで約50分
  黒川温泉下車徒歩10分
<優彩(湯峡の響き 優彩)の駐車場>
  あり(50台・無料) 

2007年03月30日

山みず木

山みず木は、黒川温泉の人気旅館で、人気旅館・宿ランキング(月間検索回数ランキング)でNo.3の旅館です!!
山みず木は、自然を肌に感じて川沿いの露天風呂大小3ケ所でゆっくり時を忘れてくつろげる人気宿です。
川のせせらぎをききながら和室で食事をゆっくりとできるのが魅力です。


人気宿ランキング・山みず木
山みず木

山みず木では、女湯である「木もれびの湯」と「森の湯」が「裸の散歩道」でつながっています。そのため、せせらぎを見ながら露天のハシゴを楽しめるのが女性客に人気です。


人気宿ランキング・山みず木

山みず木の空室状況の確認はこちらから!!
山みず木をもっと知りたい方はこちらから!!


<山みず木の基本データ>


<山みず木・温泉質データ>
泉質:ナトリウム塩化物硫酸塩泉
効能:神経痛/筋肉痛/関節痛/五十肩/冷え性
    くじき/うちみ/関節のこわばり
    慢性消化器病/運動マヒ

<山みず木の住所>
  熊本県阿蘇郡南小国町大字満願寺6392-2
<山みず木の連絡先>
  0967-44-0336
<山みず木への交通>
  大分自動車道日田ICより国道212号線
  約50km約60分
  福岡空港→タクシー約90分

<山みず木の駐車場>
  あり(30台・無料) 

2007年03月27日

黒川荘

黒川荘は、黒川温泉の人気旅館で、人気旅館・宿ランキング(月間検索回数ランキング)でNo.4の旅館です!!
黒川荘は、ゆったりとした敷地に、年月を経た雑木と川のせせらぎが心地良い静かな人気宿です。
たっぷりの湯量と季節のお料理で非日常のひとときを満喫する事ができます。


人気宿ランキング・黒川荘
黒川荘

屏風岩露天風呂をはじめ、木と岩を巧みに調和させた「切石露天風呂」「観音露天風呂」など個性的な風呂が揃っています。
目の前にそびえ立つびょうぶ岩を眺めながらの温泉はとっても贅沢です!


人気宿ランキング・黒川荘
黒川荘

黒川荘の空室状況の確認はこちらから!!
黒川荘をもっと知りたい方はこちらから!!


<黒川荘の基本データ>


<黒川荘・温泉質データ>
泉質:炭酸水素塩泉
効能:神経痛リュウマチ/外傷骨折火傷/痔/婦人病
    病後回復ストレス解消/運動機能障害/関節痛
    筋肉痛/五十肩/消化器/神経痛/創傷
    打ち身/冷え性

<黒川荘の住所>
  熊本県阿蘇郡南小国町大字満願寺6775
<黒川荘の連絡先>
  0967-44-0211
<黒川荘への交通>
  大分自動車道日田ICから国道212号
  442号を黒川温泉方面へ45km
  JR豊肥本線阿蘇駅から産交九州横断
  定期観光バス別府行きで50分
  黒川温泉下車、徒歩13分
<黒川荘の駐車場>
  あり(30台・無料) 

2007年03月24日

野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)

野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)は、黒川温泉の人気旅館で、人気旅館・宿ランキング(月間検索回数ランキング)でNo.2の旅館です!!
野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)は、こころこまやかなやすらぎの宿に旅情ひときわの夢心地。野に咲く花を阿蘇の四季にうつしてます。

人気宿ランキング・野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)人気宿ランキング・野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)
野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)人気宿ランキング・野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)

野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)は、奥黒川の自然が包む静寂の宿で、ゆっくり休日を満喫することができます。
山間に佇む離れ宿に、余裕のある間取りのお部屋と客室付き温泉が用意されていて、 古き和とモダンな洋を取り入れた「和洋室」、上品な風情ただよう落ち着ける「和室」の二つのタイプの部屋が用意されています。
「和洋室」は完全な一軒離れ宿、「和室」は樋と棟すべての部屋の間取りが異なる造りとなっていて温泉客に人気です。


人気宿ランキング・野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)

人気宿ランキング・野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)


野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)の空室状況の確認はこちらから!!
人気宿ランキング・野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)
野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)をもっと知りたい方はこちらから!!
人気宿ランキング・野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)


<野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)の基本データ>


<野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)・温泉質データ>
泉質:単純温泉
効能:神経痛/筋肉痛/五十肩/運動麻ひ/関節のこわばり/
    うちみ/くじき/冷え性/慢性消化器病/痔疾 など
入浴時間:8:30 ~ 21:00まで

<野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)の住所>
  熊本県阿蘇市一の宮町坂梨3030-2
<野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)の連絡先>
  0967-22-3618
<野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)への交通>
  JR 宮地より徒歩15分
<野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)の駐車場>
  あり(50台・無料)

2007年03月20日

いこい旅館

いこい旅館は、黒川温泉の人気旅館で、人気旅館・宿ランキング(月間検索回数ランキング)でNo.5の旅館です!!
いこい旅館は、女性が多いいこい旅館は別名「居恋旅館」と呼ばれ、女性から高い支持を得る多彩な美人湯と彩り豊かなお食事が人気の宿です。


人気宿ランキング・いこい旅館

人気宿ランキング・いこい旅館
いこい旅館
人気宿ランキング・いこい旅館

いこい旅館は、日本の各湯秘湯百選の湯です。
湯けむりの中で木々の影やうたせ湯の流れが調和した風景は、ここちよい安堵感を感じさせてくれます。
日本の名湯秘湯百選に選ばれた混浴露天風呂「滝の湯」は、お湯の泉質とその風景で日本の温泉情緒を充分に満たしてくれる露天風呂で、肌にここちよい「美人湯」などその他にも様々な種類の温泉が情緒ある旅館のなかにひしめき合っています。


人気宿ランキング・いこい旅館

人気宿ランキング・いこい旅館
いこい旅館
人気宿ランキング・いこい旅館


いこい旅館の空室状況の確認はこちらから!!
人気宿ランキング・いこい旅館
いこい旅館をもっと知りたい方はこちらから!!
人気宿ランキング・いこい旅館


<いこい旅館の基本データ>

<いこい旅館・温泉質データ>
泉質:硫黄泉/食塩含有硫化水素泉
効能:打ち身/疲労回復/リウマチ・神経病
備品:タオル/ハミガキセット/ドライヤー/シャンプー
    リンス/カミソリ/おふろセット/バスタオル
    浴衣/石鹸(液体)/ボディーソープ/くし
入浴時間:24時間


<いこい旅館の住所>
  熊本県阿蘇郡南小国町黒川温泉川端通り
<いこい旅館の連絡先>
  0967-44-0552
<いこい旅館への交通>
  JR豊肥本線 阿蘇駅より
  車・バスで約1時間
<いこい旅館の駐車場>
  あり(13台・無料・要予約)

2007年03月01日

黒川温泉の旅館・宿ガイド!!

黒川温泉を満喫できる、旅館・宿をご紹介します!!

    ・いこい旅館
    ・優彩(湯峡の響き 優彩)
    ・山みず木
    ・野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)
    ・黒川荘

2006年12月05日

黒川温泉の宿泊宿・旅館・ホテルガイド!!

黒川温泉の宿泊宿・旅館・ホテルガイド!!

各宿泊先の詳細は画像から移動できます!!
※季節によって料金は変動します。
  ご予約の際には今一度ご確認下さい!!


阿蘇鶴温泉
ロッジ村
3,150円~8,400円

阿蘇の司
ビラパークホテル
8,000円~24,150円

杖立観光ホテル
ひぜんや
9,450円~15,750円

杖立渓流の宿
大自然
12,600円~18,900円

2006年12月02日

黒川温泉

黒川温泉は、熊本県阿蘇郡南小国町にある温泉です。
黒川温泉(くろかわおんせん)は、熊本県阿蘇郡南小国町にある温泉である。
近年、マスメディアなどでの温泉ランキングで日本一に選ばれたりし、脚光を浴びている。2006年10月27日に「地域ブランド」(地域団体商標)として認定されている。
阿蘇山の北に位置する。南小国温泉郷の一つで、広義では阿蘇温泉郷に含む場合もある。

<黒川温泉へのアクセス>
熊本市、別府市などからの長距離バスまたは自家用車を利用することになる。やまなみハイウェイにも近い場所にある。現在は福岡からの高速バスが西鉄と九州産業交通、日田バスによって運行されており、遠隔地からのアクセスの利便性が大幅に高まった。

<黒川温泉の泉質>
硫黄泉 - 温泉街の比較的浅い(20メートルとも)地層から80度 - 98度の源泉が湧いている。

<黒川温泉の温泉街>

<黒川温泉の旅館街>
渓谷の両側に小規模の旅館が建ち並んでいる。その中心に旅館組合の事務所兼案内所があり、マップ等を配布している(駐車場あり)。温泉街としては、川の流れに沿って、東西に延伸しつつある。
基本的に全旅館に露天風呂があり、旅行者は「入湯手形」を購入することにより、ほぼすべての旅館にある露天風呂のうち3カ所まで選んで入浴することができる仕組みになっている。杉の木を利用した『手形』は旅館組合事務所で入手できる。

<黒川温泉の共同湯>
地蔵湯
穴湯
穴湯

<黒川温泉の特徴>
温泉街にありがちな歓楽的要素や派手な看板を廃し、全体に統一的な町並みを形成するなど、意欲的なマーケティングを行っている。有名になったのは、2000年以降である。
湯めぐり、露天風呂  
低層で小規模な旅館群
渓谷にある温泉地であることから、収容人数はせいぜい最大60名であり、こぢんまりとした和風旅館が建ち並んでいる。旅館が拡張しようとする際も、隣地に余裕がなく、別のところに別荘や隠れ家風につくることが多い。そのため、温泉地としては上流側と下流側とに次第に区域が伸びている。
いずれも低層であり、樹木とあいまってしっとりとした景観を形成している。景観を害するような原色のけばけばしい看板や、ネオン街もない。
旅行会社を通さずに直接利用者から予約を受ける傾向
小規模旅館が多いこともあり、伝統的に旅行会社を通さずに直接利用者から予約を受ける傾向がある。旅行会社に客室を提供している場合でも、限られた部屋数からの提供であり、提供部屋数は極めて限られる。このため、旅行会社を通じた予約は取りにくいことが多い。
旅行会社との関係では、観光バスを利用した九州周遊ツアーの立寄りで、黒川温泉の名物である湯めぐりのみ短時間で立寄ることをセールスポイントにしたツアーが現れている(『手形』では3箇所まで旅館の露天風呂に入浴可であるが、集合時間が迫っており、とても3箇所立寄れるような時間設定ではない)。日中の混雑を招いており、最も大切にすべき宿泊客に迷惑がかかることすらある。その対策が課題となっている。

<黒川温泉はリピーターが多い>
リピーターが多く、しかも個々の旅館の収容力に限りがあることから、予約を取ることが難しいと言われている。「黒川温泉旅館組合」0967-44-0076で、旅館の満空情報や紹介を受けることができる。

<黒川温泉の歴史>

<黒川温泉の伝承>
温泉としての歴史は古く、以下の伝説がある。
ある日、豊後国の甚吉という男は、瓜を盗んだことで首を刎ねられそうになったが、それを免れた。代わりに身代わりに信仰していた地蔵の首が刎ねられてしまう。そこで、村人はそれを甚吉地蔵として崇拝するようになった。ところが細川藩士の中にこの地蔵を持ち去ろうとした男がいた。だが、ある場所に辿り着くや、突如として地蔵が重くなり動かなくなる。男は諦め、地蔵をその場に放置すると、村人は岩場に奉祀することにした。すると、その岩の裂け目から湯が噴き出、村人の浴場となったという。このいで湯こそ黒川温泉の発祥であり、今も地蔵湯と地蔵の首が残っている。

<黒川温泉の活性化の歩み>
黒川温泉は口コミやネットで広がり、様々なメディア媒体を通して、今でこそ最も人気のある温泉地の一つまでに成長した。その歩みは次のとおりである。 時代を辿れば、江戸時代までに巡る。

やまなみハイウェイまで
黒川温泉は、もともと山あいのひなびた湯治場であった。旅館の経営体も農家兼業が多かった。
再興の契機となったのは、国民保養温泉地※の指定とやまなみハイウェイの開通であり、交通アクセスの改善によって一時は盛り上がりを見せたが、客を引き留める魅力に薄れ、再び客足が遠のいてしまう。
1964年(昭和39年)10月のやまなみハイウェイの開通により一時的に入込客が急増した(ちなみにハイウェイ開通は東京オリンピック開幕の一週間前)。農業等異業種からの参入も含めて、現在も営業している旅館のいくつかがこの前後に開業した。
しかし、その「効果」も長くは続かず、ふたたび閑古鳥が鳴く温泉地へ逆戻りした。寂れに寂れ、温泉街の存続さえ危ぶまれていた。
やまなみハイウェイ後の低迷期
昭和53年頃から旅館への養子縁組やUターンで若者が入り始める。ただ、この時期は将来の展望が開けていたわけではなく、休日以外はお客らしい客はなく、不安を抱えていた。当時、温泉地でありながら湯を楽しむ客よりも宴会客中心であり、旅館主の最大の仕事は九州各地へのバスのハンドルを握ってのお客の送迎であった。
昭和58年、ふもと旅館の松崎氏が現職に反旗を翻す形で南小国町長選挙に出馬したが、落選。松崎氏は失意のうちに亡くなったが、後に尾を引くことになった。
露天風呂に活路
新明館の後藤哲也氏は、当時まだ旅館経営の実権は握っていなかったが、人々に「癒し」と「くつろぎ」を求めたいというニーズ、自然の中で開放されたいという欲求があることを見抜き、それには露天風呂が最も適していると確信を持つ。一人露天風呂を作ろうと決意。旅館敷地内の山肌に向かい、洞窟風呂の製作に着手する。
もう一つは樹を植えたこと。作り込んだ日本庭園ではなく、野の山を再現しようとした。
やがてこれが評判になり、新明館は盛況となる。しかし、当時、他の旅館主の受け止め方は「あそこは立地がよいから・・・」という程度の認識であり、依然宴会客中心であった。
こうした盛況を見て、「いこい旅館」の婿養子が、後藤氏に教えを乞う。(婿養子ならではのフットワークのよさとカメラ店を経営していた経歴から、気軽に聞くことができたのが幸いしたといわれている)
昭和58年6月、「いこい旅館」に女性専用露天風呂を開設、「美人の湯」として女性に評判になる。以後、各旅館に露天風呂の開設が相次いだ。
湯めぐり手形というヒット
客を引き留め、リピーターを確保できる、黒川温泉のセールスポイントは何かを摸索した結果、候補として挙がったのが露天風呂と田舎情緒であった。また、単独の旅館が栄えても温泉街の発展にはつながらないと考え、温泉街一体での再興策も練られるようになった。その他、様々な案が浮かび上がっては消え、試行錯誤の連続であったが、1983年から入湯手形による各旅館の露天風呂巡りが実施される。もっとも、この企画も大々的なPRを行わず、後は口コミによる観光客増加を待つのみであった。また、この頃は修学旅行生も頻繁に受け容れており、手頃さも売りにしていた。そういった地道な活動の結果、今に見る隆盛に漕ぎ着けたのである。
総ての旅館の協力のもと、「入湯手形」により、日帰客も含めて、何処の露天風呂も入れるという仕組みは、画期的であった。この企画が大ヒット、話題となって、黒川温泉が人気温泉地として飛躍するきっかけとなった。今や黒川温泉といえば、「入湯手形」だが、その誕生のきっかけは次のとおりである。
昭和60年7月、組合で野沢温泉を視察、外湯めぐりにヒントを得る。
一軒のみどうしても露天風呂が作れない旅館があり、「共生」を理念とした湯めぐりの発想が沸く。
昭和61年「入湯手形」をスタート。ただ、旅館組合でも確たる見通しがあって始めたわけではない。実際、開始当初は「手形」が捌けず、各旅館に割り当てて引き取ってもらうことすら考えた。
同年秋頃から全国的に秘湯ブームとなり、次第に軌道に乗った。
昭和61年12月の熊本日日新聞の広告企画で、熊本県内でブームになった。この時に、それまでそれぞれの露天風呂に「○○の湯」という愛称をつけることにした。
昭和62年2月、個々の旅館の広告看板を撤去、マスコミを招き報道してもらう。
以後、福岡地区等でキャンペーンを図る。
旅館組合にも「入湯手形」の販売により、一定の収入が入る仕組みになっており、組合の財政を潤し、それがさらなる環境整備、キャンペーン費用に充当できるなど、好循環を形成している。
ブレイクは情報誌
1998年に福岡の情報誌旅行情報誌「じゃらん九州発」の人気観光地調査でトップに立った。それまで知る人ぞ知るという存在であったが、一気に人気温泉地として全国的に注目を集める存在となった。
今日における黒川温泉の爆発的ヒットの一大要因としてインターネットが挙げられる。というのも、テレビや雑誌などで頻繁に採り上げられる数年前には、もう一部の温泉ファンの間で「熊本の黒川温泉が一押し」と叫ばれて、掲示板のアンケートでは常に上位を占め、知る人には知る名湯となっていたからである。
癒しの温泉郷として
黒川温泉のまちづくりのスタンスは明確である。都会の生活に疲れ、温泉に「癒し」を求めて来る観光客にくつろぎを与え、リフレッシュしてもらうためにできる限りの演出を行うというものである。その手段として、「露天風呂」の整備や「樹を植える」「看板を取り去る」ことによる環境整備がある。一般論的にいうと、「癒しの里」というコンセプトを打ち立て、それにあわせた露天風呂等の大道具・小道具を配したうえ、「入湯手形」などの「ソフト」を活用するということになる。
新たな課題
現在地には拡張が困難な施設が多いことから、さらに川を上った東の地区等へ新たな施設を開設する等の事例がみられる。
現在では、「手形」による日帰り客で休日を中心に混雑し、本来のお客である泊まり客がゆっくり入れない等の問題も生じている。このため、立ち寄り型の旅行会社のツアー客には「手形」を販売しないという方針を打ち出すに至っている。

<黒川温泉の特記>

<黒川温泉の成功の要因>
後藤氏を得たこと、コンセプトをつくりあげた(正確には、つくりあげたコンセプトの成功に賛同し、他の旅館が同調した)後藤氏が旅館後継者として居た。当初は相当「変わり者」として見られたようだが、弾き飛ばされることはなかった。後藤氏は旅館の三代目で先代が実権を握っていたことから、旅館組合運営への参画はかなり後になってのことらしいが、結局は後藤氏の確立した「露天風呂」をつくり「樹を植える」ことにより「まち全体が癒しの空間を形成する」というセオリーにしたがってまちづくりを行った。
時代の波に乗った
後藤氏の慧眼があったとはいえ、温泉に癒し・情緒・雰囲気を求める時代の風に乗った。風に乗ってからも、マスコミの活用等、組合内に人材を得た。
手付かずであったこと
他の巨大温泉郷のように、高度成長期に部屋数拡張のための設備投資に走り、コンクリート構造物だらけ、そして巨額の借入金を抱えるということはなかった。このため、看板を除去するとした手入れはあったが、温泉地としての基本的な情緒・雰囲気が保たれていた。今日、低層でかつ20室程度までの旅館がお客に目が届き、食事・湯の案内等適切なサービスを提供できる規模といわれているが、ちょうどこの規模の旅館が多い。巨大設備を抱えていると売り上げを確保するため、客室定員の「回転」「稼働率向上」が求められ、必然的にエージェント依存にならざるを得ないといわれている。根本対策は、適正規模へのダウンサイジング(規模縮小)であろうが、巨額の借入金を抱えていると、壊すに壊せず、返済のために営業を続けるという矛盾から抜け出せない。お客の満足度を維持するためには絶えざる改修が必要で、そのために借入が発生する。・・・いつまでたっても借入返済のための営業という本末転倒の悪循環から抜け出せない。
なお、渓谷に面した温泉地であり、広い空き地がなく、大きな建物を建てることができにくかったことが、今にしてみれば幸いしている。
若手の存在
黒川温泉には婿養子が多く、昭和50年代はじめから他の地で育ってきた、行動力のある人材が複数入り込んだ。こじんまりとした温泉地ゆえ、そうした人材相互の交流が自然発生した。彼らが旅館組合を通じた改革の原動力となった。折しも各旅館は世代交代の時であり、若い経営者らが一致団結し、温泉街を盛り上げようとしたのも、功を奏したといえる。
外部資本の不存在=まとまりのよさ
渓谷の温泉地であり、土地が少なく、他の地から外部資本が入って来づらかった。その裏返しとして、同業者の結束は堅い。
(逆に、突出した存在・行動を許さないという一種の護送船団方式につながる弱さを内包しているといえなくもない)

<黒川温泉の行政との関係>
黒川温泉は従来から「民主導」であり、町行政とは一定の距離を置いてきた。活性化の過程においても、「官」としての南小国町行政の姿は見い出し難い。むしろ、黒川温泉では頼み事があると、むしろ熊本県を頼った。細川護熙知事(当時)の日本一づくり運動に触発された面も大きい。とはいえ、決して県へよりかかっていったわけではない。
南小国というよりも、「黒川」のほうがはるかに高名である。
町レベルの観光政策予算では観光パンフレットの作成等で大半は費やされてしまうが、いまや全国区となった黒川温泉にとって、その程度では不十分であり、南小国町に頼ることはしていない。
ただ、温泉組合の事務所兼案内所「風の舎」の用地は町が購入し、組合に貸与していることなど、必ずしも町と疎遠な関係ではない。
※昭和39年6月11日、南小国温泉の一部として国民保養温泉地に指定。

2006年12月01日

参加ランキング一覧!!

人気blogランキングへ

ブログランキング

ブログ検索☆BITZ


ブログランキング

Blog Entry

自由テキスト

チャンプでGoGo!ランキング

ブログ王ランキング

年代別ブログ図鑑

FC2 Blog Ranking

にほんブログ村

blog-navi

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

サイト内検索


Recent Entries

  1. 優彩(湯峡の響き 優彩)
  2. 山みず木
  3. 黒川荘
  4. 野の花(野の花の宿 阿蘇の四季)
  5. いこい旅館
  6. 黒川温泉の旅館・宿ガイド!!
  7. 黒川温泉の宿泊宿・旅館・ホテルガイド!!
  8. 黒川温泉
  9. 参加ランキング一覧!!